第35日目

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6時に目が覚めウォーキングに出る。
鈴ケ峰団地は山を切り崩して作ったので坂道ばかりで、切り崩した土砂で埋め立てた平地迄電車通勤通学の人達は、毎日の事なのでなかなか大変だろうと思う。
広電 草津南駅迄行き引き返す。
オヤジさんがご飯と味噌汁の朝食を作って呉れる。
朝は必ず食べるそうで、3時から6時の間迄食べる時が無いので、そうして居るそうだ。
車を置いて来て居るので電車で行く事と成り、JR新井口駅から横川駅迄二駅、オヤジさんは店へ、自分は市電横川から原爆ドーム前迄行く。写真等で良く見た原爆ドームが圧倒的な迫力でそびえ立って居る。
近くでボランティアの方々が広島原爆についての説明をクリアーファイルに綴じた物を見せながら、英語で行って居た。
クリアーファイルを一冊見せて貰い今更ながら惨状が理解出来た。
相生橋、学徒動員慰霊碑、原爆の子の像、平和の灯、平和の池、原爆死没者慰霊碑、等爆心地が平和記念公園と成って多くの人達を迎えて居た。
広島平和記念資料館に入り昭和20年8月6日午前8時15分の前後の状況、社会情勢、市民生活、モロモロが丁寧に詳細に展示説明されて居た。
アメリカとソ連の覇権争いの末に最悪の実験にされた広島、長崎の人々の実情が今更ながら目を覆うばかりの惨状だった。
愚かな人間ばかりでは無いと信じたいし、科学技術の使い方を人間の利益に繋がる使い方を考えて欲しいと心底思う。
市電で戻ろうと停留所で待って居ると、86才の東さんと云う方と話が出来た。
19才の時爆心地から2kmの所で 被害に会ったが肉体的には幸い無事で両親も無事だったそうで、本人の被爆者手帳も見せて頂いた。
電車代160円をカードが有るからと払って頂いた。
シャンと背筋を伸ばし歩いて帰られたがお元気で一日でも永くと深く礼をして別れた。
爆心地の写真ねコピーも頂いた。
ようき屋本舗に戻り、オヤジさんと銭湯に一緒に行き、6時開店の第1番の客と成り、美味しい夕餉として、電車で先に帰るが、新井口駅からの坂道がきつかった。
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by kimama-tabi-ken | 2014-06-25 09:58 | 四国お遍路  

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